2017/03/30

セノグラフィーってなに?<スケッチ散歩4>

<旧島津公爵邸スケッチ散歩>

春というには、まだ寒い日。
時折晴れ間が覗く。
五反田のごみごみとした喧噪が嘘のようだ。通称ソニー通りを渡り島津山の方へ。
300mくらい緩やかな坂道を登る。
今はもうソニーの本社や町工場はほとんど移ってしまい、高層マンションや巨大オフィスビルがひしめく。

私たちの工房、六尺堂があるエリアだけが高度経済成長を牽引した五反田の工場街の気配を残すのみとなった。そこから歩いて5分ちょっと。
昭和のその時代よりももっと前、大正初期、明治の時代の気配を色濃く残したそんなエアースポット。
旧島津公爵邸を訪ねた。

<ジョサイア コンドル>
旧島津公爵邸。現在は清泉女子大学の本館として使用されている建物。
設計はジョサイアコンドル(1)

(1)ジョサイア・コンドル(1852-1920)(Wikipedia)
お雇い外国人として来日し東京大学の前身、工部大学校の教授として日本の近代建築の基礎を位置づけたイギリスの建築家だ。
弟子に東京駅を設計した辰野金吾や片山東熊がいる。

今回のこのスケッチ散歩は、清泉女子大学、英文学の研究者、K先生のご協力を得て実現した。

<校門前にて>
春の日の昼下がり。背後にこんもりとした大きな樹木生い茂る丘を擁した校門前に集合する。総勢12名ほど。
舞台美術を勉強している学生や、演劇制作者、背景画家、俳優とNPO法人SAIのメンバー。
女子大とは不釣合いなメンツがバツ悪そうにそわそわと集まる。
守衛室前を通り学内へ、ちゃんとパスをもらう。なんだか一安心。

<導入>
今は清泉女子大学として使われているが、既に守衛室からの急な坂道のアプローチが旧島津邸の気配を伝えてくる。
現在の守衛室の反対側には、昔日の門番小屋とおぼしき建物が残り、その脇には今は使われてない井戸がある。なんだか空気の密度が変わっていく。

五反田・目黒川の河岸段丘のハケ地に位置する島津山。井戸があるということは此処には湧水が出ていたのかも知れない。実際同じような地理的位置関係にある池田山(旧岡山池田藩下屋敷跡)には、見事な池があり風水的には江戸城の龍穴の位置にあたるという。

「昔のお屋敷は、門から建物が見えないように配置されていたようですね。」
とK先生が解説してくれる。

そういえば、同じコンドルの設計で、城南五山#の一画を占める品川八ツ山の三菱開東閣も、鬱蒼とした樹木に囲われ門からは中の様子が伺えない。

#城南五山とは?
江戸時代、風光明媚な地として知られた、高輪台から品川御殿山までの丘陵地の総称。徳川家光の鷹狩りのための御殿があった御殿山をはじめ、諸大名の下屋敷があった。海を見下ろす段丘沿いの高台に、明治以降、財閥や貴族が邸宅を構えた。花房山、池田山、島津山、八ツ山、御殿山で城南五山と呼ばれるようになる。城南五山という呼称は、江戸時代にはなく近代以降に通称されうようになったらしい。江戸城を中心としてみたとき、愛宕山、高輪台等東側の高台は地形的にみても京都五山の東山のイメージが投影されている。江戸時代の浮世絵には品川御殿山が、江戸五山の一つとして描かれている。(2)


(2)勝川春潮 『江都五山 御殿山』

<坂とカーブを伴った動的なシークエンス>
校門を入るとすぐにかなり急な坂道を登る。左手上、丘の上にある大木が影を作っている。その坂道を登りきるあたり、左カーブの先にお屋敷本館の建物が現れてくる。
背の高い樹木がプロセニアムのように額縁を作っている。
傾斜とカーブ、3次元的な身体感覚を伴った視覚。期待を高める動的で劇的なシークエンスのデザインだ。(3)
(3)樹木により縁取られた旧島津邸本館(ITARUS)

凄いねー!うわっー!うーん!
連れだって歩く口々に感嘆の声があがる。坂を登り切り回りこむようにして正面玄関の前へ。
しばし佇む。

<ファサード>
これがジョサイア コンドル設計の旧島津公爵邸か、、。

私がまずエントランス外観で気になった点は以下。
・重厚だが、軽やかで品のあるデザイン。
・灰色の石と若干クリーム色がかったレンガが華やかな印象を与える。
・派手すぎず、美しい幾何学的な線で構成されたルネサンス様式のデザイン。(4)
(4)旧島津邸エントランス側ファサード(ITARUS)
1Fの窓のアーチは楕円ではなく正円で、その上2Fと屋根のペディメントは三角形。バロック時代が好んだ楕円や、ねじれや歪みのない、シンプルで品格のある単純な図形。プラトン立体を用いたルネサンス特有の形だ。

大きなシルエットとしては左右対称に作られたファサード(正面の顔)だが、右側は内に階段室を控え、大きなステンドグラスがはめこまれている。(5)
(5)正面右手のステンドグラスの窓(内側に階段室)(ITARUS)
左側は、一階の窓フレームは正円、2Fの窓フレームは三角形となっておりルネサンスの時代、古代ローマ、ギリシャへの憧憬と研究が達成した建築の歴史的なオーダーに則ったデザインになっている。
(6)
(6)正面左手の窓の縁取り装飾(ITARUS)

この窓のデザインに、日本人の擬洋風建築とは異なりトラディショナルな建築の技法を熟知していたコンドルならではのセンスが感じられる。

<ダブルオーダーの柱>
正面車寄せのポーチは上にバルコニーを載せた軽やかだが品格のあるデザイン。
さらに、シンプルなドーリア式(トスカーナ式)の付け柱は角柱に半円をなして取り付き、もう一本は独立して立つ二本の連続する柱になっている。(7)
(7)エントランスポーチの2重の柱

後ほど見ることになる庭側のバルコニーでも採用しているダブルオーダー#の美しいデザインだ。

#ダブル・オーダーとは?
ルネサンスの時代、ミケランジェロが好んだデザインである。構造的には1本の柱でも済むが、2連の柱を用いてファサードの輪郭を際立たせる。(8)


(8)ミケランジェロ サン・ロレンツオ聖堂ファサード案
繰り返すモチーフが空間にリズムをもたらすと共に、独立した円柱が彫刻のように軽やかに柱のシルエットを浮き立たせる。
また、ミケランジェロはジャイアントオーダーという、階層を貫く一本の柱のデザインも好んで使用している。共に空間にリズムとアクセントをもたらす。(9)

(9)ミケランジェロ カピトリノー広場(ローマ)


<島津邸の地形>
話しを旧島津邸に戻そう。
まだ、建物の中に入ってさえいない。
旧島津邸。
もと、伊達藩の下屋敷があった目黒川の河岸段丘、高輪台地の一画に位置している。
古地図と照らし合わせると屋敷があるエリアが見事に重なる。(10)
(10)江戸古地図との比較


地形図での島津山の位置。高輪台地と目黒川が作る南斜面、海への眺望の開けた場所だということがわかる。(11)

(11)地形図にみる島津山の位置

建造当初は居室から品川の海が望めたという。現在は品川駅のニューシティのビル群が連なった壁のように遠くにみえている。

島津忠重の袖ヶ崎本邸としてコンドルが設計。何度かの設計変更を受けて大正5年(1916)に竣工。コンドルが得意としたコロニアルスタイルのベランダを持ち、軽やかで品格のあるルネサンス様式の建築といわれている。

この近くには、コンドル設計の三菱開東閣や三井迎賓館が残っている。
(共に一般には開放されていない。)

<高輪台地のコンドル建築>
この3つの共通点を考えてみた。どれも高輪台地、地盤の安定した山の手の地にある。だからだろうか、関東大震災でビクともせず、往時の姿を保っている。
また、どれも江戸時代から風光明媚な地として有名だった高輪、品川の地にあり、遠く千葉房総半島と三浦半島を両袖に見立てた江戸前の美しい袖ヶ浦(江戸湾の昔の呼び名)の景色を眺める事が出来たようだ。(11)

(11)御殿山花見の図にみる江戸湾の美しい眺望
どの建物にも美しいバルコニーが取り付いているのは、コロニアルスタイルという事以上に、美しい風景との関係で建物を捉えていた結果ではないだろうか。(12)(13)

(12)三井倶楽部迎賓館のバルコニー
(13)三菱開東閣のバルコニー

<エアーポケットのような庭>
そわそわとうろうろとする私たちに戸惑うK先生にいざなわれ、バルコニーの方から建物の中へ。と、入る前に今度は目の前に広がる庭園に見惚れる。

もとは、大きな池があったという。
それを埋めて中庭が作られた。角には伊達藩の和風庭園であった名残りとおぼしき灯篭や石組みが残されている。

ぼーっと佇んでいると、時間と空間の間隔がおかしくなってくる。
すぐ下には五反田の喧騒が広がっているはずなのに、この丘の上には静かな時間が流れている。
タイムスリップした感覚。

江戸の気配を消さず、その時空に重ねるように大正時代に建てられた洋館。ここだけ時間が止まったままのような時空のスポット。
そんな気配を抱きつつ洋館の中へ。

<やっと建物の中へ>
最初に案内して頂いたのは、現在の大学の先生たちの会議室。昔の主人の書斎の部屋である。(配置図)
(配置図)清泉女子大学HPより


ここでも入った瞬間に感嘆の声があがる。
ファーストインプレッションが大事なのだ。
感覚を開いて対象物を体験する。
住んで生活していた人々の動きや気配を想像しながら。

<書斎>
天井が高い。扉もでかい。そしてその扉枠のデザインの立派な事、、。ため息がでる。
暖炉も素敵だ。内装の彫刻も細やかでシャープだ。
大変な建築の中に入ってしまった!と感じる。
失礼だか、なんちゃって洋風の建築と比べられない、品格がある、、。と感じる。
いきなりヨーロッパに来たみたいだ。
五反田の繁華街の裏手に本物のヨーロッパの時空が隠れていたとは。

<いざスケッチへ>
この部屋に荷物を置き、いよいよスケッチ散歩へ。
まず、参加者に簡単なコンドルの紹介と東京で見られるコンドル建築の写真や、ネットから探してきたこの建物の初期設計図のドローイングなどを渡す。

K先生の案内で建物の中を一回りしてから、気になる箇所をスケッチしていく。

書斎から続く次の間へ。ドアが三箇所にあり、玄関ホールと隣の部屋へと三方向に続いて移動できる、いわゆるスイートルームの構成になっている。
これも、ヨーロッパの宮殿のようなつくりだ。

次に現在はチャペルとなっている旧食堂へ。広々と吹き抜けている階段室。2Fに上がり子供部屋、公爵夫人の居室、ベランダへ。
何度もため息が漏れる。
しかし、学校として文化財を大切にしながら非常に綺麗に使用していることにも感動する。やはり建物は大事に使われている時に輝いて見える。


<スケッチ散歩とは?>
ここでスケッチ散歩の意図を再確認したい、NPO法人S.A.I.では不定期だがスケッチ散歩を開催している。
今までに神奈川県の文化課と組んで行った江ノ島や丹沢大山でのスケッチ散歩。あるいは、品川宿や王子飛鳥山など。歴史的な遺産を中心に街を歩きながら、気になったもの面白いと思うことを素早くスケッチしていく。もちろん写真でも良い、がやはり短い時間だがスケッチすることにより対象物が語り出す。

 コルビジェのもとで学び、また考現学の今和次郎の流れを汲む建築家・吉阪隆正がこんな言葉を残している。(引用)

『写真では、相互の寸法的なものをより正確に記録し、撮影者が心にとどめなかったものまで記録してしまう便利さはある。だが一つ一つ手で写していく間の対象物との心の対話はスケッチには及ばない。その対話の中から現に今、目の前にしている対象物は、そのもの自体をこえてさまざまな話題を展開するのである。・・・』
吉坂隆正 今和次郎集4『住居論』解説より

私たち、スケッチ散歩の対象はなんでも良い。上手い下手も関係ない。
一枚仕上げるのにあまり時間はかけない。重要な言葉ならメモを取るように、気になった風景や状況を記述する。

建築から、裏道のゴミ箱、山並みや風景の音や人の会話まで。
パフォーミングアート、セノグラフィーの視点で空間、時間を捉えてみる。
江ノ島でスケッチ散歩を開催した時、参加した若いダンサーはずっと通り過ぎる観光客の会話をスケッチしていた。

例えば、高台から江ノ島神社を見下ろしながらのあるカップルの会話。
男「うーん、ザ ・ニッポンって感じだね。」
女「うん、そうだね。」

日常の何気ない風景や、ちょっとした空間に潜む面白いと思うモノやコトを集めてみる。
パフォーミングアートの視点で。
路上観察学とも似ているが、重要なのは自分の目で見て体験する事。
スケッチするちょっとの時間で対象物と対話する事だ。

建物の場合は特に、スケッチすることは設計者の線をトレースしていく事であり、難しく美しいモノには、現場の職人さんの苦労と誇りが見えてくる。

今回のスケッチの時間は1時間半くらい。
一枚20分から30分くらいで描いていく。
時間がかかる場合は、まず大枠を捉え後で写真などを頼りに詳細を描きこむ。

<スケッチ散歩の成果>
以下、今回のスケッチ散歩で私が描いたもののいくつか。

まずバルコニーのカーブ。
緩やかなカーブが重なりその曲線に対し、床の白黒の45度振ったタイルの貼りわけが、モダンな印象を与える。世界的にはアールデコが流行する少し前の建築だが、コンドルが世界の潮流を意識していた感がある。(14)
(14)2Fバルコニーの優美な曲線(ITARUS)

次に裏階段の手摺りのディテール(15)
(15)裏階段手すりのディテール(ITARUS)
この手摺りも、初めてみるデザインで、シャープで洗練されていると感じて描いてみたが、描いていて気になったのは手摺りの支柱の上の4隅のカットが、なんだかアールデコの雰囲気を持っていると思ったこと。
普段あまり客人の目に触れないところだと思うが、ディテールまで丁寧にデザインされている。

バルコニーの手摺りと柱のディテール(16)
(16)バルコニー手すりのディテール(ITARUS)
柔らかいボーリングのピンのような形をした手すりの柱と雨水を流すため若干傾斜した石板の手すり。採寸してみる。今日はなんだか手すりばかり描いている。


そして中庭から見たバルコニー側の建物全景(17)
(17)中庭からみたバルコニー側の建物全景(ITARUS)
描いている時、ヨーロッパにいる感覚に襲われた。
特にこの外観を描いていたとき。
文化庁の芸術家在外研修員として滞在したベネチアで、毎日一枚はスケッチしようと描いていた感覚をふと思い出した。

細部まで練られたデザイン、その細部が積み重なりながら大きな外観の輪郭と呼応する。
建築はこうである、という信念と伝統のモチーフの見事なコラージュ。
スケッチしていく手がコンドルの思考と手の動きの痕跡を感じ始める。

このスケッチ散歩は上手い下手ではなく、重要なのは描く事により、なにを感じて体験したかだ。手がなにに反応し記憶したかなのだ。

最後にみんなが描いた絵を見ながらフィードバックの時間を持つ。
人により、本当に観ているポイントは違うのだということを実感する。(18)
(18)フィードバックで並べたみんなのスケッチ(ITARUS)

例えば、使用人が使ったであろう裏階段の巾木の曲線を描いていた人もいる。とても優しい曲線だ。私は最初気づかなかったので、もう一度見に行き写真を撮った。(19)
(19)階段の巾木の柔らかな曲線(ITARUS)

フィードバックの後、みんなが発見した面白い箇所をもう一度見にいく時間を持ってみた。自分1人では、発見できなかった面白い事が見えてくる。これもスケッチ散歩の面白みのひとつ。


『洋館のハイライトは、階段ホールと食堂ですね。』と、数々の洋館写真を撮ってきた背景画家さんが言う。
なぜなら、そこは一番来賓の目に触れるところだから。(20)
(20)エントランスホール・階段室(ITARUS)


十字架のモチーフを発見した学生もいた。
清泉女子大学はクリスチャンの大学だが、実はこれは島津家の家紋らしい。(21)
(21)エントランスのステンドグラス 島津家の家紋(ITARUS)

暖炉のレンガに文字が。また食堂の暖炉には島津家の家紋の十字架があった。(22)
(22)食堂の暖炉にみえる面白い文様と家紋(ITARUS)


<柔らかい曲線たち>
書斎の真上が夫人室なのだが、その部屋にこもって描いていた人はこの部屋が優しい曲線に溢れているという。(23)
(23)伯爵夫人室の曲線の窓と金色のカーテンボックス(ITARUS)
天井のモールディングに丸く縁どられたライン。天球のイメージだろうか。
暖炉の柔らかい線。また、この部屋のカーテンボックスだけが金色で装飾されている。
K先生の話しでは、皇后が泊まった事があるという。

<職人の意地>
極め付けは、バルコニーの柔らかい曲線に沿った夫人室の曲面ガラスと窓枠だろう。(24)
(24)バルコニーの曲線(曲面)のガラス(ITARUS)

この当時、ガラスを曲線につくりだす技術があったのだろうか?
驚愕する。

工房からこんな近くにあるのに、一度も足を踏み入れたことが無かった丘の上でのひと時。とても有意義な時間を過ごさせていただいた。

春の陽も暮れはじめ、ジョサイア コンドルの建築をあとにする。
最後にバルコニー側からもう一度建物を観る。(25)
(25)旧島津邸バルコニー側(ITARUS)

20173月25日の五反田に下りてくる。
なんだか狐につままれたような、楽園にいたような、、。
そんな至福の時を過ごした。